御神火作り

東京から約120km南洋に浮かぶ大島、そこに住む人々は、島の山である三原山を神聖なものとして尊び、その噴火を「御神火」と呼びました。そして島唯一の焼酎蔵である谷口酒造の代表的な銘柄の名前も「御神火」。今回はそれをベースにつくったスピリッツの話です。

話の始まりは昨年の秋頃、谷口酒造の谷口英久さんが虎ノ門蒸留所に訪れたことから始まります。東京島酒(焼酎)を使ったジンをつくっているなら、そのベースである焼酎がどのようにできているのか知りたくはないか。御神火の良さを知り、以前より焼酎造りにも携わりたいと考えていた蒸留家の一場は、またとない良い機会と今期の造りに参加します。

 

火の島 大島

伊豆大島は、伊豆諸島の中で最も大きな島で、島の中心にそびえ立つ三原山は、現在も火山活動を続けています。人々は昔より三原山を御神火様と呼び、神聖視してきました。 

月を訪れたかのような黒い砂漠や、バームクーヘンのような火山灰が何層にもなった地層の断面。これらは大島の火山活動の歴史を物語っているようでした。生々しくむき出しになった大地のパワーを体感しているような迫力のある風景と、ゆったりとした雄大な海原。どこか非現実的な世界にでも来たように感じます。

伊豆大島の山々

伊豆大島の火山灰の地層

 

伊豆大島唯一の焼酎蔵である「谷口酒造」は1937年(昭和12年)に創業

 谷口酒造入り口の看板「御神火」

現在三代目の谷口英久さんは、初代の造り手から基本的なことを教わったのみで、ほとんどが独学。二十数年間、製造に関わるほとんどを一人でやっています。谷口酒造の魅力は、作り手である谷口さんの独創性と昔ながらの製法。飲み飽きない、島酒としてだけではなく世界でも通用する、そんな焼酎造りを日々続けられています。

谷口酒造

 

御神火の仕込み

御神火は麦麹麦仕込みの常圧蒸留。昔から米麹ではなく、麦麹を使うところが東京島酒の特徴です。麦を蒸し麹をはぜさせる。水と麦麹、酵母で酒母をつくり、その後再び蒸した麦を足し二次発酵させる。そしてできたもろみを蒸留、原酒が出来上がります。一場が参加したのはまさに初日の麦を蒸すところから、一つ一つの細かい作業に神経を集中させます。

麦の仕込み

焼酎造りにおいて、発酵や蒸留が肝であることは間違いありませんが、谷口さんは、着目されにくい麦を蒸す、麹をつけるというプロセスをとても丁寧にされています。素材を活かすために、あらゆる方法を試し、今の形にたどり着いたようです。

麦を蒸すという工程では蒸気の調整や、ドラムの回転数に気を配り、麹づくりは夜通しで温度の管理。醸造の際には音楽を聞かせたりと、それぞれ工程で独創的な管理とこだわりによって御神火を造りあげていきました。

 

ベーススピリッツの重要性

ジンと聞くと、香りを引き出すためにボタニカルが重要な位置付けにあるという印象をお持ちの方が少なからずいると思います。一方、アルコールの元となるベーススピリッツも非常に重要で、味や余韻に影響を与えます。

虎ノ門蒸留所では、ジンをつくる上での”核”として島焼酎という東京ローカルな素材を使用していますが、今回は谷口酒造の御神火をベースとして活用させていただきました。

実際に焼酎を知るための研修として、製造に携わらせていただいた特別な焼酎を使用。谷口さんの独自のこだわりやお酒への姿勢を近くで学び、ゼロから焼酎を造ることで改めて東京で受け継がれてきた焼酎造りを”文化”として学びました。

麦の仕込みを学ぶ蒸留家一場 

同時に谷口さんの思いを自身のお言葉でいただいています。
「一場さんに伝えたかったこと。」

焼酎の仕込みは祈ることから始まる。馬鹿なことを言うな、という人もいるかもしれない。でも、自分にとっての仕込みは祈ることだ。良い焼酎が出来るように祈ることはもちろんだけれど、すべての循環の中で焼酎は出来てくる。

麦を作る人、さつま芋を作る人がいる。その作りが、どうかうまく行きますように、と、祈る。大島まで船で運ばれて来て、嵐になると麦や芋が届かないこともある。そうなると仕込みができないわけで、海が静まるように祈るしかない。今年の仕込みでは腰を痛めて動けなくなってしまった。杖代わりにビニールパイプを持って、それにすがって立ったりしゃがんだりしながら仕込みを続けた。どうかこの腰が治りますようにと、これも祈るばかりだ。

麦を食べにくるネズミもいて、それは駆除をしなければいけないけれど、ネズミ取りにかかったネズミにもどうか成仏してください、とお祈りをする。そんなふうにすべての循環の中で焼酎が出来てくる。

虎ノ門蒸留所の一場鉄平さんに
「ジンを作る原料として御神火を仕入れたい」

と言われて、それならまず焼酎がどんなふうに生まれてくるのか、ということを学んで欲しいと思った。焼酎がどんな工程を経て出来てくるのか、そこも大切だけれど、それ以上に祈る姿を見て欲しいとも思った。原料になる焼酎の特性を知ったうえでジンを作ることは大切だけれど、それ以前の「祈ること」自体を身体で受け止めることが大切だと思ったからだ。

ぼくはもう歳で、焼酎は大量には造れない。だから焼酎の一滴は身を削った血のようなものだ。そんな造りをしていたら、早死にしてしまうこともわかるけど、どうしてもそうなる。

人に言わせればバカだ、と思われても、やはりそれしか出来ない。美味しいものを造るということはそういうことだと思う。その根っこのところを、一場さんだけでなく、すべてのジンを作る作り手に知って欲しいと思った。傲慢な言い方に聞こえたら申し訳ないけれど、本当にそう思うのだ。

ジビエの人たちが「命を戴く」ということを言うけれど、やはりそれは身をもって体験しなければわからないことだ。それを一場さんに知って欲しかった。そうやって生まれてくるジンの原料としての焼酎を体感したうえで造るジンは、やはり味わい深いものになるような気がする。それも「祈り」かもしれないけれど、そういうものが伝わったら良いな、と思っている。

谷口英久

谷口英久

東京から約120km離れた伊豆大島と虎ノ門。伊豆大島で製造した御神火は、虎ノ門で私たちの手によってジンへ。TOKYO LOCAL SPIRITSをコンセプトにそれぞれの生活の中に根付く文化を共有する。

遠く離れ、環境も大きく違いますがジンを通して、造り手の”祈り”を通して、私たちは東京と島が”共生”していることを感じることができます。

伊豆大島のパワースポット筆島

価値や考え、創造を共有するという意味を持つ「COMMON」。虎ノ門蒸留所を介し、人と人とがつながっていく。お酒づくりが、生まれたスピリッツがそのような形で貢献し、やがて文化になれば、と改めて感じる機会にもなりました。

次回のジャーナルは、大島の谷口酒造で焼酎蒸留を修行した際に製造したこのベーススピリッツを使ったCOMMON hareができるまでのストーリーです。