真夏日が続き、秋の風が待ち遠しくなり始めた8月の下旬。東京から約2時間ほど車を走らせ、山梨県の道志村へ向かった。
日本有数の清流である道志川を有しており、降雨量も多く豊かな森林が育んだ澄み切った水は、水質も極めて良好。
377万人が暮らす大都市、横浜の水源地として120年前から人々の生活を支えているまさに「水源の森」だ。
今回は、そんな道志村にアトリエを構えるアーティストの諏訪綾子(food creation)さんと共に、水源の森を歩きながら植物を採取し蒸留、10月にリリースした特別なジンを振り返る。
諏訪さんとの出会い
7月から11月にかけて開催された国際芸術祭「東京ビエンナーレ2023」。University of creativityの活動の一環として展開されたTOKYO ART FARMへの参加をお誘い頂き、虎ノ門蒸留所がイベントのオリジナルジンを作ることに。
同イベントにて「都市の中心で水源の森との循環をあじわう」をテーマに掲げたワークショップを開催していた諏訪さん。
「野生」や「都市と自然」に対する捉え方に私たちも共鳴し、ジンの制作をご一緒させて頂きました。
森と都市を循環する
諏訪さんは複数の拠点で活動をしており、中でも手付かずの自然が残る水源の森での暮らしは、人間と動物、植物の「共生」と「循環」を強く実感すると言う。
何不自由なく都市での生活をおくる自身の姿と、山道の高低差に息を切らし、倒木に行手を阻まれ立ち往生する森での無力な姿を重ねて「人間は進化しているが、対自然においては退化しているように感じる」と話す諏訪さん。
ふいに「住んでいる地域の水源はどこですか?」と聞かれ、どきっとした。
野菜や米の産地は必ず確認するのに、毎日飲んでいる水がどこの地域のどのような環境で育まれているのか、考えたこともなかった。
人間の60%は水、私の体をめぐり、満たしてくれる。強い繋がりを持つ場所として、自分や家族の住む地域の水源を知ることはもちろん、すぐにでも足を運んでみたくなった。
水源の森を歩く
道志村の森の大部分を占めるのは、自生している植物だ。「新たな種類を植えても、古くからこの森にある生命力の強い植物たちに負けてしまう」と聞いたからか、大小あれど植物はみな堂々としていて張りがあり、一本一本が森の主のように見えた。
前日の雨も相まって、湿度の高い青々しさと土の感触に包まれながら奥へ奥へと、森の中へ。
途中、山肌から滲んだ湧水でのどを潤し、2時間ほどかけて杉や檜、ヨモギ、ヤツデ、朴葉、苔など20種類ほどの植物を採取した。
葉を揉むと開いていく香り、実を潰したとたんに弾ける香り、触れることで初めて見えてくる植物の豊かな表情につられて自分の中のねむっていた野性がのびをする。
中でもヤマザンショウと杉の若葉、あまり馴染みはないがアブラチャンの実の香りが印象深い。いくつか目星をつけながら、後部座席を緑でいっぱいにして東京への帰路についた。
東京虎ノ門にて、道志村の植物を蒸留
その日のうちに持ち帰った少量の植物で試作を重ね、クロモジの枝、アブラチャンの実と葉、杉の新芽、イヌザンショウの実とサンショウの葉、樅の葉を蒸留することにきめた。
香りの軸になっているのは、民間薬として咳止めや消炎薬として使われていたイヌザンショウという山椒の仲間だ。蒸留すると森では気付かなかったアニスのような甘い独特な香りが生まれ、青みの強い植物との相性も良くまとまりを感じさせてくれる。
本蒸留のため道志村から届いた植物はどれも新鮮で、枝、葉、実まるごと現地でみたままの姿で届いた。作業台いっぱいに広げるとビル中の蒸留室が、まるで小さな森のよう。
たわわに実った山椒やアブラチャンの実を枝葉と分け、クロモジの枝と樅の葉の長さを整えていく。「パチン、パチン」という鋏の音とともに、どんどんふくらんでいく森の香りが横丁内に広がり、蒸留室をのぞきにくるお客さんや近隣の店舗の方もちらほら。
まだふんわりと黄緑色でとげもやわらかい、杉の穂先の若葉もふんだんに使用し、東京の島酒である嶋自慢羽伏浦をベースに蒸留。奥多摩源流の沢井の湧き水で割水をし、5日間かけて完成。
生命が発するエネルギーを受け取り、循環させる。人間が動物として本来持っている、自然と調和する力を呼び覚ますような、森を凝縮した味と香り。一口飲むと野生が溢れる森の中に、自分の居場所を見つけたようで身体がふっと軽くなる。
豊かな水源を有するが故の森の生命力、野生の力強い青さを感じるボトルができました。
諏訪綾子さんより
水源の森から、忘れかけていた野性をとりもどすテイスト
販売価格: | 6,930円(税込) |
ベースアルコール: | 嶋自慢羽伏浦(新島酒蒸留所) |
度数調整割水: | 奥多摩源流の沢井湧き水(澤乃井仕込水) |
ボタニカル: | イヌザンショウ、 ヤマザンショウ、 クロモジ、アブラチャン、 樅、杉の若葉(山梨県道志村) ジュニパーベリー、チコリルート |
アルコール度数: | 49 % |
容量: | 500 mL |